前回マチュピチュ編①を見なくても大丈夫なコンテンツですが、シニア目線でサーキット選びをしていますので、そちらもどうぞ。
さあ、遂にやって来ました。マチュピチュ遺跡入り口! トイレは大丈夫ですか? 中にトイレはありません。入る前に済ませておきましょう(2ソル)また大きな荷物等もここに預ける事ができます。ウォーキングポールは禁止ですが歩行に必要な杖は、先にゴムのキャップが付いていれば中で使うことができます。
2日目、トイレは全然行きたくなかったのですが他のツアーメンバーを待つ間に行った方が良いとガイドさんに何度も言われたので、入場した後に行くことにしました。ですが、なんとパスポートを警備員に渡してトイレへ。うーん、やっぱり行かなくても良かったかも。
マチュピチュの入場券は、こんな感じ。私は公式サイトからだとなぜか決済でつまづいたので、正規代理店で買いました。

マチュピチュ サーキット2B クラッシック
念願のマチュピチュ。誕生日に行ったのがサーキット2Bでした。ルートは順を追って行くとこんな感じ
- 遺跡入り口
- 市街地入り口
- 作業小屋
- 神聖な広場、3つの窓の神殿と主神殿
- 聖なる石
- 水鏡/天体観測の石
- 技術者の居住区
- 3つの入口の家












残念な事にインティワタナ(日時計)は損傷が著しいとの理由で去年から立ち入りができなくなりました。
今回、サーキット2はガイド付きツアーに参加しました。 Get your guideやViatorは意外にもお一人様参加が可能というツアーがなく、あっても遺跡の入場時間に合わなかったり。
結局直接ツアー会社に連絡して、お一人様可能で時間もぴったりなツアーを教えてもらいました。前日にホテルから迎えに来る時間の指定等の打ち合わせがあり、当日はホテルからバス停までの送迎、そして遺跡入り口で公認ガイドと合流するという流れでした。団体ツアーを想像していましたが、実際には私の他はアメリカからの男性二人組の計三人。ほぼ個人旅行状態でした。
マチュピチュ村に戻ったら、ガイドさんとも一緒に4人でランチ。地元のお勧めや旅の話で盛り上がって解散しました。
マチュピチュ サーキット3B マチュピチュ・ロイヤリティ
既に買っていたサーキット2Bでは、コンドルの神殿が見られないとの情報で慌てて取ったサーキット。テラスの下の部分のみを廻るので、サーキットとしては短い印象を受けますが、マチュピチュ・ロイヤリティの名の通り皇帝の住居や神殿がぎゅっと詰まったエリアなので、見どころも多くあります。
このサーキットのチケットは既にホテルと帰りの列車を予約した後に取ったので、バタバタしてガイドを事前に手配する事ができませんでした。午後からのツアーというのがなかったのもあります。当日にガイドを調達する方法は、バス乗り場に並んでいる時に、話しかけて来るフリーのガイドと交渉すること。頑張って交渉しましょう。文化省の公式ページには遺跡に入る際にはガイド必須とあります。私が行った時点では、まだ厳しくチェックしていませんでしたが、来年度からは厳守されるという噂も聞きました。
日にちが前後しますが、誕生日の前日、先に入ったのがこちらのサーキットでした。
ルートは
- 遺跡入り口
- 貯蔵庫と水路
- アンデネス
- 16の水飲み場
- 太陽の神殿と陵墓
- 王の別荘
- 3つの入口の家
- 技術者の居住区
- 2階建ての家
- 天体観測の石
- コンドルの神殿













先達はあらまほしき事なり aka ガイドについて
今回のバス停でお願いしたガイドさんは、マチュピチュで9年ガイドをするリカルドさん。
ペルーの公認ガイドは皆さんフォトアルバムのような分厚い資料を持っていて、ささっと取り出しては「発見当時の写真がこれです」とか補足説明をしてくれるので分かりやすかったです。
メインスクエアの中心に一本の木が植えられているのですが、ここには以前、オベリスクが建っていました。1970年にスペインの国王夫妻がマチュピチュを訪秘した際にヘリコプターが離発着できるよう、このオベリスクを撤去して、後にオベリスクを元の場所に戻したそうです。それだけでもかなりショックですが、1989年にも、ラテンアメリカ首脳会談がマチュピチュで行われた際、このオベリスクを撤去。ところが、この時にオベリスクが損傷して、ダメージが修復不可能となったので粉砕してオベリスクの欠片をメインスクエアに置いたという。
マチュピチュが世界遺産登録されたのが1983年、一体何をしていたのかユネスコ。外交だけでなく、現在でも地元住民のストなど抗議運動のターゲットにされやすく、国内政治でも重要な意味を持つ場所なのがよくわかります。リカルドさんにとって日系大統領だったフジモリ氏のイメージは良くないようです。このオベリスクの写真やスペイン国王夫妻訪秘の写真はガイドが携帯する資料にありますから、是非見せてもらうと良いと思います。
もう一つ、ガイドが携帯する資料で興味深かったのが、ハイラム・ビンガム以前にマチュピチュを発見したというドイツ人の存在でした。残念ながら名前を忘れてしまった…彼はちゃんとしたカタログを残しておらず、それでも金製品があったと言います。一方ハイラム・ビンガムは知る人ぞ知るインディジョーンズのモデルであり、米イェール大学の教授ですが、彼はインカが撤退したと言われる謎の都市ビルカバンバを探していて、マチュピチュを発見しました。その時、意図的に大岩でインカ道が塞がれていたといいます。ハイラム・ビンガムはドイツ人探検家が記したような金製品はなかった、と残しています。クスコのコリカンチャもですが、ここにも等身大の金の像とかあったのかもしれません。一体どこに行ってしまったのでしょう。これも謎です。
インカ帝国の首都であるクスコがピューマの形に都市計画をされているのに対して、ここマチュピチュはコンドルが飛ぶ形をしています。インカの宗教観では、ピューマは、現在であり権力を表し、コンドルは天界や精神世界を表します。つまり、マチュピチュはウィラコチャに捧げる神殿として建設され(途中放棄してますが)撤退する時に神聖な場所なので封じて隠したのではないか、と言われています…と、いう説明がありました。
自分が遺跡や史跡が好きなのもありますが、せっかく地球の裏側までやってきたのだから、観光でさっと見るのではなくて、自分の目で見て感じて欲しいなと思います。
こういう時にあの徒然草の仁和寺にある法師の最後の一文が出てくるのですよ。
少しのことにも、先達はあらまほしき事なり。
良く言った。マチュピチュでガイドは絶対にあったほうが良いです。
おまけ マチュピチュ遺跡見学後のお疲れさまランチ
マチュピチュ遺跡内では、飲食が禁じられているので、持っていくとしてもパッションフルーツとかの小ぶりの果物かシリアルバー。それを入る前に食べるか出てすぐに食べるか。というわけで、町まで降りるとお腹が空いた!となります。ガイドさんも町まで降りてくると拘束時間的に4時間。なのでガイドを午前に2回とかいうのはほとんどないのだそう。なので、二日共に降りてきてご飯を食べました。
初日は、チャレンジャーなので、クイを食べました。このクイはこちらではギニーピッグ、子供達にペットとして人気の小動物です。天竺ネズミというか、モルモットなのですが、さすがに一匹は食べられないし頭つきの丸焼きとか出てきたらトラウマになりそうと言ったら、ガイドさんが半身で頭なしのローストを注文してくれました。味は、ありきたりだけどチキン…いや、正確にはキジとかウサギといったゲームミートに近いかな。皮の内側に結構脂肪がついていて、皮も硬かったので、うーん、私はアルパカだけでいいです。
二日目はペルーの代表的な料理、Aji de Gallina。唐辛子が入ったチキンのクリーム煮。唐辛子という割には甘かったです。そして、パッションフルーツ味のピスコサワー。これは、好み。かなり度数が強いけれど飲みやすい。高所なので飲み過ぎには注意しないと。




ペルー旅行はまだまだ続きます。