ペルー3 聖なる谷巡りツアー 後編 Sacred Valley, Peru pt.2

前回の聖なる谷巡りツアー 前編 では、前半のチンチェーロとモライ遺跡を紹介しています。高山病予防のために参加したこのツアー、処方された薬も飲んでいたので大丈夫なのではないかと少し期待をいたのですが、完全にやられました。ツアーの前半の遺跡がまさかクスコよりも標高が高いとは思っていなかったのも、今では勉強不足だったで笑えますが…この時は死ぬかと思ったというか、事実高山病で死に至ることもあるので馬鹿にはできません。

  1. マラス塩田とウルバンバでお昼 
  2. インカ帝国最後の砦オリャンタイタンボ

マラス塩田とウルバンバでお昼 

マラス塩田はペルー文化省管轄下ではなくて個人のとかで、入場料が20ペソでした。
温かい地下塩水が流れ出るのを段々畑に取り込んで日干しして作られる塩は街なかでも売っているのですが、袋の色で上澄みの一番塩(赤)、沈殿した下の塩(青)との違いがあるそうです。

ウルバンバ川が流れる谷間の街でビュッフェの昼食。
標高2871mのウルバンバは午前中のチンチェーロの3762mよりぐっと下がったところにあり、ここに来た時には吐き気もめまいもすっかり無くなり、しっかり食べられました。ビュッフェにはアルパカやキヌアのサラダなど種類も豊富。どれもとても美味しく頂いたのですが、それでも普段と比べたら食欲は30%もないという感じ。これも典型的な高山病の症状だそうです。

レストランの駐車場に植えられていたタマリロ。このタマリロのゼリー寄せがとても美味しかった。

インカ帝国最後の砦オリャンタイタンボ

聖なる谷ツアーの終点は、オリャンタイタンボ。
ほとんどのツアーはクスコに戻るのですが、このツアーはこの遺跡で解散。クスコに戻るツアーでも大抵の場合はオリャンタイタンボでの途中下車が可能です。鉄道がここから始発の便が多いので、乗り合いバスやタクシーで直行で来て、別に個人で遺跡回りをするよりもコスパも時間も良いんじゃないかと思います。

バスから降りて100mも歩かずに目の前に現れた大遺跡。スケールの大きさと神々しさに圧倒されました。この地を聖なる谷とはよく言ったものです。


吐き気とめまいが消えたとは言え、まだ高山病真っ只中。遺跡の頂上近くの太陽の神殿まで登るとガイドがいったときには、一瞬無理じゃないかと思いました。
同時にこの分だとマチュピチュに上るのも危ないんじゃないかとふと思ったのですが…
とりあえず登れたのでオッケーと言うことに。でも、後で動画を見返したら、結構息づかい荒くって我ながらしんどそうでした。

遺跡の敷地内から。向かって右側にも遺跡が広がっていて、画像1枚には収まりません

オリャンタイタンボはかつては第9代皇帝パチャクテクの私領で、またスペイン人征服後は反乱を起こしたインカ皇帝マンコ・インカが立てこもった場所でもありました。この後、マンコ・インカはオリャンタイタンボを放棄して今なお正確な位置が謎とされているビルカバンバへと退却したといいます。征服したスペイン人によれば、貯蔵庫には住民が畑を耕さなくても10年は生活していけるだけの農作物があったといいます。

対面する山の中腹に山風を利用した貯蔵庫があります。その脇には山肌とは違う色の岩でウィラコチャ神の顔を形どった場所があり、夏至と冬至には太陽光がウィラコチャの鼻に当たって、その光が遺跡上部にある太陽の神殿の6枚岩に当たるそうです。こんな壮大なからくりをする、天体観測、天文学に長けた人々でありながら文字も車輪も持たない文明だったというのが、より謎とロマンを呼ぶのかもしれません。

それにしても、インカ帝国時代の人は自分とあまり変わらない身長だったはずなのに、何なのでしょうこの石段の段差。一段の高さが膝丈よりもあるんですけど。

この時点で、ツアーは終了。いや、遺跡の頂上で解散って初めての経験かも。列車の時刻など個々のスケジュールに合わせてゆっくりとご自由に見学してください!と言ってガイドさんが消えてしまったのでチップを渡し損ねてしまった…

とりあえず頂上まで登り、裏側に続くインカ道に繋がる所まで歩いたので、降りて地上の遺構を見ることに。

地上の部分は水の神殿など水路や噴水があって正面の雄々しい段々の部分とは対照的だなと思いました。

オリャンタイタンボはこの大遺跡の他にも小さな町そのものがインカ帝国の遺構として残っています。


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