【マルタ】騎士団の街ヴァレッタ

おとぎ話の世界(遺産)アルベロベッロを後にして南イタリアのバーリから飛んできたのが、マルタ島。

前回にも書いたのですが、マンチェスターへの帰りの便が無くてどうしたものか、で見つけたのがマルタ。初めてなので一泊して丸一日楽しむ事にしました。

このマルタ共和国の国土面積は東京23区の約半分、名古屋市とほぼ同じのこと。イギリスでいうとワイト島とほぼ同じでリバプールのあるマージーサイド州の半分の面積だとか。お、ちょっと待って、東京23区とマージーサイドがほぼ同じサイズ!勉強になります。

着いた時はまだ外が明るくてちょっと観光しようかなとも思ったのですが、先ずはホテルへ直行。

一度落ち着いてしまうともう外に出るのが億劫なってしまったので、併設のレストランで夕飯を食べました。

と、ここで意外な落とし穴が。

実は、今回かさばるのでプラグはEU圏のタイプCしか持って来ず、まさかのマルタがイギリスと同じBFタイプ。全く気づかず、というか調べていませんでした。幸い、室内にUSB付きのコンセントがあったので充電できましたが、やっぱりちゃんと基本情報は調べて置いたほうが良いですね。

イギリス領から独立したのが1964年9月なので当然インフラはそれ以前に既にあったはず。プラグがイギリスと同じでもある意味当然ではあるのですが、でも、まさか南イタリア沖に浮かぶミニ国家が、と油断していました。

朝、ホテル近くのバス停でヴァレッタ行きのバスを待っていたのですが、来たバスは既に満員で運転手がNOのサインをして素通り。次のも満員で乗車拒否になった時に、一緒にバス待っていた女性に、バレッタに行くのに違う番号のバスを乗り換えて行くから、一緒行きましょう声をかけてもらい本当に助かりました。これからヴァレッタの銀行に行き、その後でビーチで泳いで来るのだと言うエリカさん(仮)はマルタに26年住むロシア人。ロシアでは年金降りるのが55歳以上だそうで、まだもらってないの?と驚かれました。いや、受給開始どころかフルタイムで働いているんですけど。

そんなこんなでお喋りをしているうちにヴァレッタに到着。彼女とまたいつか逢いましょうと電話番号を交換して別れました。

マルタ騎士団の本拠地ヴァレッタ (世界遺産)

ここヴァレッタはマルタ共和国の首都であり町全体が世界遺産。この町が建設されたのは1565年のオスマントルコ軍との戦いグレートシージ(大包囲戦)の経験から、難攻不落の都市となるよう設計され建設され、1571年に完成しました。

ヴァレッタの名は当時のマルタ騎士団長であり、町の完成につくしたジャン・パリゾ・ド・ラ・ヴァレットから。首都としての政治機能が集まっているのは当然ながら、おしゃれなカフェやレストランもあり歩いているだけでも楽しかったです。

最初に寄ったのが

アッパーバラッカガーデン
(Upper Barrakka Gardens)

地中海随一といわれるグランドハーバーを見下す展望デッキがある公園。毎日正午と16時に時報として大砲が放たれるそうですが、ちょっと中途半端な時間だったので見られませんでした。

内側の壁には英国統治時代の記念碑があり、なかにアインシュタインを称える碑もあるそうなので時間があれば是非探して見てください。

この後で軽くお昼のハムとチーズのサンドイッチとコーヒーを食べて向かったのが

騎士団長の宮殿
(Grand Masters Palace)
当時、騎士団長がここから騎士団を統率したこの宮殿、現在では大統領府や政府機関としても使用されています。

見学できる内部は十分に広く、ペレロス騎士団長が私費を投じて織らせたアフリカ、インドの風物をみせるタペストリーやグレートシージ(大包囲戦)の名場面を描いた欄間絵なども展示されています。

兵器庫
(The Palace Armoury)
騎士団長ラ・ヴァレットの着用した甲冑を始め、騎士たちが実際に使った甲冑、剣、大砲、馬車などの各種の武具が展示されていました。聖ヨハネ騎士団の武具以外にもオスマントルコ軍の貴重な武具の数々も展示されています。

よく見ると騎士のブラウス?の襟や袖口にレースが施されていて、勇ましさの中に繊細さがあるところが、いかにもというか騎士のイメージ通りそのもの。愛する女性が一針一針心を込めてレースを施すのかななどと勝手に妄想していました。

そんな妄想をしていてふと思ったのですが、マルタ島とか夏でなくてもかなり温度が高いのに、甲冑に陽が一日当たったら熱中症になるのではないかと。真夏の炎天下に駐車してあった車に乗った時のあの感じというか半端なく暑いはず。

そして回廊へ。こちらは宮殿だけあって装飾が豪華です。


聖ヨハネ大聖堂
(St John’s Co-Cathedral)
1577年、騎士団がその名前を冠したキリストの洗礼者聖ヨハネを称えるために建てた大聖堂。会堂の床は騎士たちの墓所となっています。

入り口に列ができていて、入場料が騎士団長の宮殿よりも高い大聖堂ってどういう事なのかと思いつつ、今回はパス。後で調べたらカラヴァッジオの名作がここにあるのですね。なるほど。

国立考古学博物館
(National Museum of Archaelogy)
16世紀マルタ騎士団のプロヴァンス地方出身者のオーベルジュ(宿舎)を利用し、紀元前5200-2500年のマルタ考古学上貴重な遺跡を展示している博物館。中でも’マルタヴィーナス’は未だに多くの謎に包まれている地下神殿ハイポジュームから発見された大変貴重な女体の形をした遺跡です。

ハイポジュームに行きたかったのですが、今回の旅行はアルベロベッロの方に気を取られ過ぎていました。この地下神殿を知った時には予約が3ヶ月先まで完売していて、毎日のようにチケットが売りだされていないかチェックしてましたが、ダメでした。わずかながら当日券もあるそうですが、当日券のお値段50ユーロ。おそらく今まで見た入場料で最も高いのではないかと思います。

夕飯はこの近くのお店でケバブを買って空港行きのバスに乗りました。

空港直行のバスは一律3ユーロなのに対し、一般の路線を走る空港バスは、他のバスと同じく1.8ユーロ。ちなみに発券から2時間以内は乗り換え可なのでバスに揺られてぐるりと観光出来るのよ、と前出のエリカさんに教えてもらいました。

マルタの印象は、一言で表すと、「イギリスのキラキラ版」もちろん良い意味で、です。

マルタと聞いて、私はやはりマルタ騎士団とか犬種のマルチーズ程度しか思い浮かばなかったのですが、コンパクトな島ながらも古代遺跡も多く残っているので遺跡回りが好きな人にはおすすめです。

オスマントルコとの戦いよりもはるか昔の紀元前8世紀にはフェニキア人が移り住んでいたこの島。今年カルタゴを訪れたばかりで記憶にまだ新しいので、自分の足で観た場所や物が繋がっているのを実感できて興味深かったです。もうちょっと世界史を勉強しておけばもっと楽しめたかもしれません。

次回は計画して来ようと思います。


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