今回の旅はタイトル通り、一泊二日で南フランスのカルカッソンヌからトゥールーズ経由でピレネー山脈に入り、アンドラ公国で一泊。翌日スペインのバルセロナへと抜ける一方通行ルートの旅。
アンドラ公国と聞いてもピンとこない人がほとんどだと思うので、今回のルートを地図で表してみたのがこちら。AIに作らせたので、大体の位置関係がわかる程度の正確さだと思ってくださいね。

アイデアとしては2025年から温めていて、春になったら行こう…と計画していたのですが、今年2026年1月末にフランス側が土砂崩れで道路が一部崩壊。フランス側からの道路は完全に封鎖。当然、長距離路線バスも運行中止に…
当初は、復旧が5月くらいになる見込みとのことだったのですが、予定よりも早く復旧工事が終了し、バスの運行が再開されたのを確認してから航空券を取りました。
行きたかった日ではトゥールーズ着のフライトがなかったのでカルカッソンヌ着の便です。まあ近いから良いかなという事で。


カルカッソンヌ Carcassonne
カルカッソンヌは去年、2025年10月に行き、その時に城塞を廻っているので今回は本当に空港を使うだけといった感じでした。
前回の旅はこちら⇒要塞都市カルカッソンヌ
前回はまだ新しい到着ゲートが完成していなかったので、プレハブに通されてEESの機械に初期登録。通過に10分とかからなかったのに、今回はなぜかEES登録の機械はなく開いているのは有人の二か所しかない窓口のみ。入国審査までなんと2時間も並びました。
その時に恐ろしい事実を知りました…去年のカルカッソンヌのデジタルの出国記録がなかった!
デジタルの記録は当然入管が機械読み取りと記録をするものなので、完全に向こう側のミス。「前回はフランスからいつ出国したの?」と聞かれ、たまたま出入国のスタンプがあったので、そのページを見せると、隣の係官と「これだからEESってのは…」みたいな事を喋った後で、こちらを見て、にっこりと「サンキュー」
毎回入国で引っかかる、と言う訳ではないのですが、シェンゲン内の空港でほぼ確実にパスポートとデジタルの情報を見比べて、時にはアナログでシェンゲンカレンダーの日数を数えてから入国オッケーとなる、その理由がこれだったようです。
EESが始まってもまだ大混乱という感じだなあ、と思っていたら、やはりETIAS完全移行が来年2027年以降と先延ばしとの発表がつい先日ありましたね。一体いつのことになるやら。


そんなこんなで、2時間並んだあとに到着ロビーに出たときにはシテ(城壁)までを循環するバスは既に出発した後でした。
元々到着便に合わせて一日に数本しかないシャトルバス、『到着時刻より45分後に出発』と空港の案内にはあったので間に合わないのは分かってたのですが…カルカッソンヌ空港はタクシー乗り場も無く厳しい状況です。
仕方がないので、イギリスでも使ったことがないUberを呼ぶことにしました。バス停にひとりでいた女性に「Uberを呼んだのだけど、良ければ割り勘で街まで行きませんか」と声をかけたら快く即決。普段はこんなに見知らぬ他人に声をかけて誘ったりしないのですが、流石に一人ぼっちでいても心細いし、割り勘なのでお互いに損はないので断ってくる理由はないし、と思い、声をかけて正解でした。
彼女はシテの手前で降り、私は駅前で降りました。
ミディ運河
城塞の他にミディ運河のこの区間も世界遺産に登録されています。運河沿いなら極端な傾斜がないのでサイクリングするのも良いかなと思います。


カルカッソンヌ駅からトゥールーズは電車で約一時間。入国審査にどのくらいかかるのか予想がつかなかったため、列車の予約はせずに当日券を購入しました。乗車時間を考えると、片道18ユーロは高いかなと思います。



トゥールーズ Toulouse
最初に感想を書いてしまいますが、見どころが数ヵ所あるのでせめて一泊してもう少しゆっくりと見て回れたら良かったかなと思いました。が、今回の旅の目的はピレネー山脈越えてアンドラなので、ここはミニ弾丸ツアーです。


駅到着後、先ずはバス停の場所を確認してから中心地に向かって歩きました。市内は地下鉄やトラムが走っていますが、今回は滞在時間が短かかったのと距離的にもバス停からあまり遠くなかったので、街の景色を愉しむためにも徒歩で廻りました。


サン・セルナン・バジリカ聖堂 Basilica Saint Sernin
独特の塔を持つこの聖堂は世界遺産に登録されています。

聖堂内は荘厳で壁画にその歴史を感じました。





カミーノのオフィスもここにあり、扉が開いていて、中に世話人の方がいました。
他には誰もいなかったので巡礼者の邪魔にはならないだろうと思い、中に入りました。
世話人の方と身振り手振りで巡礼にはスタート地点とか決まりがあるのかとか、巡礼に期限があるのかとかいろいろとお話しを伺った後で、ふと、御朱印のようなものがあればあれば参拝記念となるので良いなと思い、スタンプ帳を頂きました。
でも、そのスタンプ帳を良く見るとパスポート番号とか移動方法を書き込む欄があるので、単なるスタンプ帳ではなくてクレデンシャルである事に気づきました。
自分でも気が付かないうちにカミーノを始めてしまったようです。


来月、たまたま巡礼の終点であるサンチアゴ・デ・コンポステラに行くので、これは何かの御縁かも知れません。呼ばれてると思うことにします。
本当に呼ばれていたかは、来月のお愉しみ…ですが
キャピトル広場 Pl. du Capitole
サン・セルナン聖堂からキャピトル広場へ。
広場に面した角のお店でアイスクリームを買い、歩きながら食べるつもりが気温が高く一気に溶け出したので、日陰を求めてアーケードの下に入り立ったままでアイスクリーム休憩しました。ここのアイスクリーム屋さんだけが妙に長蛇の列だったので、つられて並んだだけだったのですが、濃厚で美味しかったです。





あまり時間は残っていないのですが、とりあえず次へ。
Les Jacobinsジャコパン修道院
1215年に設立されたドミニコ修道士会が1230-1350年にかけて建立した最初の修道院。
一本の柱からヤシの木のように放射線状に伸びる天井は、トゥールーズの絵葉書で二番目に人気なのだとか。ちなみに柱の高さは22m、放射状に走る梁の数が22本あります。この22が重なっているのでなにか意味があるのかなとも思ったのですが、この時代はメートル法が使われていなかったので、偶然ですよね。







このキラキラした箱は聖トマス・アクィナスの聖遺物。
中世の偉大な神学者聖トマス・アクィナスの遺骨(聖遺物)だと後で調べて知りました。主祭壇の下に安置されているとガイドにはありまましたが、この時は入口から入って正面にありました。仮の安置場所なのかもしれません。とにかく最も煌びやかで、祭壇よりも先に目に飛び込んで来るので見逃すことはないと思います。
アイスクリームの列に並ばなければ、この奥の回廊まで行けたかな。奥は入場料金がかかるので、そこを駆け足で見るのはもったいないですよね。次回の懸案事項にします。
トゥールーズ駅のバスターミナルからアンドラ入国?
駅に向かう途中、イギリスでも展開しているディスカウント系スーパーのリドルLIDLがあったので、移動中に食べるスナックにサンドイッチや飲み物を購入しました。
トゥールーズ駅の駅舎の外観はまるで宮殿のよう。中はごく普通の駅なのでこれといったものはないのですが、バスターミナルがすぐ隣にあるのはポイントが高いと言えます。
バスターミナルは駅舎を正面にして左手にあります。バスターミナルのチケット売り場兼待合スペースは空調が効いていて、この日は冷房がかかっていましたが、夏の南仏なので冷房がないと厳しいです。
さて、
アンドラ行きの長距離バス乗車時に、パスポートを見せて本人確認をした際、EUのパスポートではないのでアンドラとの国境の『警察署』で入国審査するように、と言われました。




え??今回の旅でいろいろとネットで調べたのですが、日本の外務省(海外安全ホームページ)の「安全対策基礎データ(査証、出入国審査等)」を見てもフランスとアンドラ間は時別にシェンゲン協定を結んでいるので出入国の審査は通常行われていないと書いてあります。
YouTubeも見たのですがアンドラの入国審査なんて誰も受けたどころか国境でも長距離路線バスは止まらないという話ばかり。大丈夫なのか心配になってきました。
国境で乗り降りしやすいよう最前列の座席に座ると、バスは定刻に発車。

バスは、運河沿いを走ったのちもしばらく南仏らしい景色の中を走り、いよいよピレネー山脈に差し掛かりました。曲がりくねった急勾配を登って走ること約3時間半。
トゥルーズでは曇りでしたが、国境近くで激しい雷雨に。

国境にやって来ました。
乗客は私の他にもいましたが、入国審査の必要があったのは私だけだったので、待たせるのも申し訳ないと思い建物の写真も撮らずに中へ。最も既に周辺が暗くよく見えなかったというか、ちょっと焦っていたのも確かです。
フランス側の国境は警察署の建物で、玄関を入ると右側がフランス、左側がアンドラと分かれていました。が、どちらへ行くのか解らずとりあえず、アンドラ側へ。窓口には誰もおらず、あたふたしていると、バスの運転手がやってきてコチラではなくてフランス側の窓口だよ、と言いながら一緒に窓口へ案内してくれました。
いや、そういう案内って普通建物の中にあるよね、と思いましたが…夜だったので見えなかっただけかも知れません。
出国審査で「これでこのパスポートはシェンゲンエリアから出たことになっているから、スペイン側で必ず入国するように」と言われました。
カルカッソンヌ空港からハプニング連続の上に予想以外のアンドラへの入国審査。いや、正確にはフランスからの出国審査であり、アンドラ自体は国として出入国審査はやっていないという事なので、このあたりの手続きで不明瞭な情報が飛び交っているのだと思います。
「スペイン側の国境ではバスは止まらない」とか、「入管で時間がかかったら路線バスから追い出されて、次のバスに乗れと言われた」とか、読んでいるだけで胃が痛くなりそうな情報ばかりで、帰るまで全く気が抜けない旅になりそうです。

国境から、またしばらく乗り、到着地のアンドラ・ラ・ビリャのバスターミナルに着いた時は夜9時を回っていました。それでも予定時刻よりも20分早く到着しました。

意外にもバスターミナル周辺は明るく、というかフランス側からだとほぼ暗闇の中を走って来たので、とても明るく感じました。最も飛行場も列車の駅もない国の首都のバスターミナルは云わば国の玄関口なので整備されて当然かなとも思いましたが。
到着時刻を考慮して旧市街地に宿を取って正解でした。
長い一日ですが、宿まであともう少し。頑張ります。
「【フランス・アンドラ】一泊二日のピレネー越え、カルカッソンヌからトゥールーズ、そして謎の国アンドラへ。前編」への1件のフィードバック