サマルカンドから特急アフラシャブ号 (Afrosiyob)でブハラに到着した時は、深夜を廻っていました。

ブハラの駅は実際には隣町にありタクシーでもゆうに20分はかかりますが、今回の宿に到着時間を知らせたら、無料送迎しますとのこと。本当にありがたかったです。.


ブハラもサマルカンド同様、午後からの徒歩ツアーに参加することにして、朝はゆっくり。チェックアウトギリギリまで休んでからお昼前に旧市街地へ出ました。

昨日のサマルカンドの雪が嘘のよう。同じ国内ですか?
さて、ホテルがラビハウズのすぐ近くだったので集合場所もあっという間にチェック。時間まで周辺を散歩する事に。





朝ごはんが遅くボリュームもあったのでお昼ご飯無しでツアー開始。フタを開けたら参加者は私だけ。完全に個人ガイドさんでした。
ブハラ徒歩ツアー
今回のツアーも前日のサマルカンド同様にGet Your Guideで探して予約しました。
ツアーはラビハウズから始まりました。

像の後ろのメドレセは偶像崇拝に反すイスラム教の教義に反し2羽の鳳凰が描かれているのが見えます。

サイフディン キャラバンセライ – 小型キャラバンセライ。商人の宿泊施設で、馬やラクダは城壁の外に置き、街の中には入れなかったのだとか。

トキ・サラフォンToki Sarrofon – かつて両替屋で有名だった古い取引ドーム。イスラムの教義では金銭で儲けるのは禁止されているとか。私はイスラムの教義に関する知識が皆無なのですが、そのいわゆる高利貸し、銀行、両替商ができないのでユダヤ人がシルクロード上の金融業を担っていたそうです。現在でも100人ほどのユダヤ人コミュニティがありますが、ほとんどのブハラのユダヤ人はアメリカとイスラエルに移民として出ていったのだとか。
今まで、ユダヤ人が古代日本に渡来していたという説が信じられず聞き流していましたが、シルクロード上でその様な役割を担っていたのなら、十分に有り得るなと思いました。

ここを歩いているとウズベキスタン版の銭湯がありました。一般の観光客も入れるとか。銭湯と書いてしまいましたがトルコ風呂様式のようです。予約をおすすめします。


マゴキ・アトリ・モスクMagoki Attori Mosque and Carpet Museum – ブハラで最も古いモスクの一つで、現在は絨毯博物館となっています。博物館と言うよりも絨毯やさん。高すぎて手が出ません。

トキ・テルパクフルションToqi Telpakfurushon – 最大の屋根付きバザールで、かつては帽子やスカルキャップの売り子の中心地でした。今でも帽子を売る店が並ぶので辛うじて、それぞれのバザールの違いが分かります。

アブドゥラハーンティムAbdullaxon timi – –シルクの取引のために建てられた、エレガントなドーム型のバザールですが、画像では判別出来ず。この時点でバザールが皆同じに見えてきています。

アブドゥルアジズハーン・マドラサーAbdulaziz Khan Madrassah – カラフルなモザイクと彫刻のディテールで豊かに装飾されています。

ウルグベク神学校 Ulugbek Madrasah– この街で最も古いイスラム学校の一つで、偉大な天文学者によって建てられました。真の教育施設を作りたいことを目標に、ウルグベクによって15世紀初めに建てられました。現存する中央アジア最古の神学校として知られています。ウルグベクゆかりの建築物は、サマルカンドを中心に残っていますが、ブハラで残っているのは、このウルグベク・メドレセのみです。

マドラサ内の学生の部屋になんと掘りごたつがありました。熱した灰をこたつの底に入れ、木製のテーブルを載せ、その上に毛布を掛けるところも、昔の掘りごたつそのまま。さすがシルクロード、東西の文化や生活様式が伝わっているのが分かります。


トキ・ザルガロンToqi Zargaron– かつて宝石商が働き、工芸品を販売していた取引ドームです。ここはアクセサリーを売る店が多かったです。が、画像ではどれかわからず。
ポイカロン広場
カリヤン・ミナレットKalan Minaret – ブハラのシンボル。12世紀の象徴的な塔です。



カリヤン・モスクKalan Mosque– 10,000人の礼拝者が入れる巨大な金曜モスクです。
画像では左側にあって見えない建物が ミリアラブ・マドラサMir-i-Arab Madrasa – 現在も活動しているイスラム学校です。なのでここは敢えて画像を残していません。
アルク要塞the Ark Fortress (Bukhara State Museum) 現在はブハラ国立博物館。今回は外観のみで次へ。

ボロ・ハウズ・モスクBolo Hauz Mosque – プールに映る木柱で有名。最もモスクらしくない外観を持つボロ・ハウズはアルク城の向かいにあり、ブハラ・ハーン専用のモスクとして、1712年に建てられました。

チャシュマ・アユブ廟 Chashmai Ayub Mausoleum 廟内にある「ヨブの泉」は、預言者ヨブの地元の伝説に関連しています。チャシュマ(「泉」という意味)と「旧約聖書の預言者ヨブに由来し、「チャシュマ・アイユブ」と名付けられました。水不足で苦しんでいた時、ヨブがここを杖で叩いたら泉が沸き上がったという伝説があります。14~16世紀に徐々に建てられ、今でも中の泉では、水が湧き出ています。

イスマイル・サマニ廟 Ismail Samani Mausoleum– ブハラで最も古い10世紀の建築の傑作。中央アジア最古のイスラム建築。チンギス・ハーンによるモンゴル来襲の時、この廟は土に埋もれていたため破壊を免れました。


と、ここで個人ツアーは終了。午後3時スタートだったのでガイドさんと別れた時は既に日が沈むところでした。
ガイドさんのお勧めのレストランは、満員で予約無しは無理と断れてしまいました。ラマダン中なのでに日没以降に予約が集中するのだとか。逆に開いているのであれば早めに食事を済ませておく方が良いなと思いました。
前夜が菓子パンのみ。今晩は夜行列車での移動なので、ちゃんとしたものが食べたかったのもあり、近くにあったレストランに入ったら大正解。ボリュームがあって、特にナスの冷製サラダが美味しかったのだけれど、大食いの私でも食べきれませんでした。

さて、ブハラからは夜行列車でタシケントへと戻りました。






四つのベッドのある客室の下のベッドを予約していました。上だったらよじ登るのが大変そうです。座席の上には枕カバーとシーツとタオルがはいった袋がありました。
これは、停車中にベッドを作って置いたほうが良いと思い、急いで取り掛かりましたが、いかんせん手際が悪い。
反対側の座席には、お年を召した女性が座っていました。おそらく、ウズベク語は話せるか?みたいな事を聞かれたのではないかと思うのですが、私は全くできないのでごめんなさいのジェスチャー。
しばらくすると、他の客室へと移動しました。車掌さんが彼女の荷物の移動を手伝っていましたが、そのときに座席下に大型のケースや貴重品が置ける程のスペースがある事に気付きました。まあ、一緒にいても話し相手にはなれなかったと思うので、移動したい気持ちが分からないわけではありませんが、なんだかなあ。
ではありますが、客室を独り占めできてラッキー。他に出入りする人がいないので鍵をかけられるし、なんたってどんな格好で寝ても恥ずかしくないのが有難かったです。